小公女セーラが教えてくれた! 空想と生き方のヒント

子どもの頃、バーネットの小公女を読みました。川端康成氏が訳したバージョンです。
すごく好きな作品で、かなり何度も繰り返して読んだ覚えがあります。

訳が川端康成氏だったのは、実は大人になってから知りました。どうりでクオリティが高かったわけです。

いい文章ってさ、なんていうか、文体が五感にすごく訴えかけてくるよね。
特に、文章から味や匂いが立ち上ってくると、すごいなと思う。世界に奥行きを感じるというか。
お話として読むのも、もちろんとても好きだったんですが、わたし個人としては、自分の価値観の形成に一役買った作品だとも思っています。
要は、自分もセーラのような人物を目指していきたい、といったところでしょうか。
ということで、わたしが大人になった今でもセーラに憧れるところを、以下に羅列していきたいと思います!
セーラの根幹を貫く魅力は、一にも二にもこれだと思います。
とにかく想像力に恵まれているんですよね。
もともとはお金持ちだった彼女の学園生活は、お父さんが亡くなったことで一変。破産して一文無しになったものと思われた彼女は、一夜にして、特別寄宿生の生徒から奴隷扱いに叩き落とされてしまいます。

セーラをやたらと嫌っているミンチン先生がめっちゃ憎いよね。訳が良すぎて、彼女の眉の動きまで細かく分かってしまうくらいだ。

しかし、それでもセーラの心は荒みません。
例えぼろを着ていようとも、彼女の心は常に気高い公女さまのまま。その凛とした佇まいに心を奪われます。
そして、自分も心底こうなりたいと思ったんですよね。

志だけは高いよね……
気高い心というものは、生まれ育ちそのものというより、自分の心掛け次第で誰でも身につけられるものなんだなと思いました。お金のかからない化粧のようなものでしょうか。
もちろん自分は彼女のように公女さまでもなく(セーラの場合は後に本物の公女さまだったことが分かりますが、そうと知らない間も彼女は公女さまのように振る舞います)、ただの一般人に過ぎませんが、立場がどうであろうと品良く振る舞うのは美しいものなのだなと、この作品を読んで実感しました。
丸パンのシーンなんて、有名ですよね。
お腹が空いているときに、ふかふかの丸パンを6個も買えたセーラが、そのうちの5つを、もっとお腹が空いていそうな子にあげてしまうシーンです。

ちょっと同じことができる自信はないな。

わたしも無理だと思う。というか、セーラ自身もまだ子どもなのに。
このときも彼女は、「もし自分が公女さまなら」と想像を巡らせています。
もし自分が公女さまから、自分より苦しそうな人に施しを与えるのは当然のことなのだと。

セーラの言うところの「公女さま」とは、周りの人に偉そうに当たることではありません。
むしろ、どんなときも常に人に優しくすること、気高くいること、の方に重点を置いているようでした。
そこが憧れのポイントなんですよね!
原作のセーラは、たまには現実の辛さに八つ当たりしてしまうこともありました。
ただ、あれくらいなら許容範囲というか、むしろあれくらいの反応がないと年頃の子どもらしさが損なわれてしまうので、わたしはありかなと思って見ていましたね。

わたしも割と空想癖のある子どもでしたので、セーラの存在には励まされました。
いつも公女さまの心を忘れずに。
セーラの教えてくれたことは、今でも大切にしています。
皆さんは、子どもの頃に出会った憧れの人はいますか?
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