ドラクエ5、民間人との距離の近さが好きな話

ドラクエシリーズの中でも、描かれる時間軸の長さや、主人公が勇者ではない現実などで、ある意味異色の作品とも言える5。
わたしも大好きな作品で、PS2版とDS版、加えてスマホ版もやりこみました。

オリジナルは経験ないんだ?

うん、初プレイがPS2版だったね。
何周もしたドラクエ5、個人的に、この作品のどこが特に好きなのかを考えたときに、民間人との距離の近さなんじゃないか、と思いました。
というわけで、今回の記事では、その点について語ってみようと思います!

主人公と名も無き人たち
冒頭で書いた通りなんですが、本作では、主人公の幼年期から、推定30代前後(もしかしたら20代後半かもしれませんが)くらいまでの、非常に長いスパンで時が流れます。
無邪気な少年期から、結婚して親になるところまで、主人公の人生を追い掛けることになるんですね。

そのためなのかは分かりませんが、本作は、街ゆく一般人の台詞が非常に凝っているように感じます。

たとえば?
その悔しさを忘れちゃいけねえぜ。
その思いがある限り、おめえはきっと生きていくんだろうからな。
あなたはもう、誰からも命令されないでしょう。
父上も亡くなられた今、どこへ行き、何をするか……これからはすべて、自分で考えなくてはなりません。
しかし、負けないでくださいね。
それが生きるということなのですから。

細かい文章はちょっと違うかもしれませんが、だいたいこういう主旨のことを言ってくる人がいます。

名も無き人々の言葉が深い。
主人公=自分自身
ドラクエシリーズは、どの作品も、主人公は喋りません。
主人公は自分(プレイヤー)自身の分身だからですね。
それはどのシリーズでも共通項ですので、別に5に限らず、ドラクエシリーズにおける名も無き人たちの言葉は、概ね主人公(プレイヤー)に直接語りかけてくるようなイメージがあります。
でも、その中でもこの5は。
5については、他のドラクエシリーズよりも、自分自身に訴えかけてくるイメージが強いように感じるんです。

それはなんでだろう。

多分なんだけど……
主人公が勇者じゃないから、なんじゃないかな。
主人公なのに勇者じゃないということ
これはあくまでも、わたし個人の話なんですが、わたし自身は、私生活でもあまり前に出る方ではなく、どちらかというと、後方支援を好む性格の人間です。
そのため、主人公=勇者と言われても、ピンと来ない。

前衛で剣とか振らない。
後衛で魔法とか使いたい。

君、オンラインゲームとかでマルチプレイするときも、後方支援系ばかり担当するもんね。
主人公が勇者ではないという現実は、なかなかに衝撃でしたし、この人はこれからどうするんだろう、と思いました。
でも、一方で、親近感も湧きました。
勇者に選ばれていなくても、主人公にはなれるんだ、と。

しかもあの天下のドラクエで!

民間人の距離感は、勇者じゃない主人公だからこそのもの
民間人だって、勇者とそうでない人に対しては、やはり態度が違うはず。
ドラクエ5の面白さは、あのドラクエの世界を、民間人の目で見て、旅できるところなんじゃないかと思うんです。
だから必然的に、民間人と主人公の距離が近いように感じられる。

この経験を、ドラクエのナンバリングタイトルでできるというのは、とても貴重だと思うんですよね。

皆さんは、本作で特に好きな民間人とのやり取りはあるかな?
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