KANA-BOON『シルエット』、忘れてしまっても“そこにいる”ような表現が好き
KANA-BOONの、『シルエット』という曲が好きです。
もともとNARUTOの主題歌なんだそうですが、わたしはNARUTOを全く知らないため、曲単体で好きです。
NARUTO原作を知っていれば、また聞こえ方が変わってくる歌だとは思いますが……
今回は、NARUTOを一切知らない人間が、曲を単体で聴いたとき、どんなところに惹かれるのかを語ってみたいと思います。

わたし、原作を知らないのに曲だけポンと好きになるケース、結構あるんですよね。

今回は、具体的にどんなところが良かったんだろう?
がむしゃらに走る姿、後ろに残してきたもの
MVで、若い男の子がとにかくがむしゃらに走る姿が描かれています。
技巧も後先も何も考えず、とにかくがむしゃらに、前へ。
若いときだからこそできる芸当ですよね。

……それだけなら、よくある気がする。
表現としても、現実としても。

確かにそうですね。
でも、それ以外にとてもいいなあと思ったのは……
がむしゃらに走り続けている間に、主人公はおそらく、数え切れない人たちにお世話になっているじゃないですか。
その全てを覚えているわけではないけれど。
その、覚えていない範囲を敢えて意識して、きちんと認識して、感謝している感じがとても好きなんですよね。
その『覚えていないけれど確かにお世話になった人たち』のことを、どうもこの曲では『シルエット』と呼んでいるようなんですよ。
主人公の、全てを糧にする貪欲さと、全てに感謝する謙虚さとが同居している、素晴らしい表現だと思います。
『覚えていないけれどお世話になった人』の範囲
これも面白いところで、結構いろんな解釈ができるんですよね。
先程申し上げた通り、本人の記憶にはないけれど、確かにお世話になった人たちの総称と受け取ることもできますし……
主人公が生まれるまで、代々命を繋いできたご先祖様たち、という見方をすることもできると思います。

ああ、なるほど。

考えてみると、たった一人がこの世に生れ落ちるまでに、途方もない過程があるんですよね。
両親のそのまた両親、そのまた両親と時を遡っていくと、本当にキリがありません。
このように、曲の中で語られる『シルエット』の対象に想像の余地が非常に多く残されている、奥行きのある歌だと思うんです。
曲調や、歌詞の雰囲気としては、若い子が主人公っぽい気がする割に、内容を読み解くと、とても視野が広いのが面白いところなんですよ。
元のアニメを知らなくても、曲は楽しめる!
もちろん、もともとはNARUTOの主題歌ですから、歌詞にもNARUTO本編を意識しているところがたくさんあるかもしれません。
わたしにはそちらが分からないので、曲本来の意味とは、解釈がズレている可能性もあるのですが……
元のアニメを一切知らない状態でも、ここまで考察できてしまう曲というのは、やっぱりいいなあと思った次第です。

何にしても、解釈の奥行きのある曲はいいよね。

まだ聴いたことがないということでしたら、皆さんも是非聴いてみてください。おすすめです!