KANA-BOON『シルエット』、忘れてしまっても“そこにいる”ような表現が好き

suzuka

※この記事は個人的な空想語り記事です。公式情報ではありません。

KANA-BOONの、『シルエット』という曲が好きです。

もともとNARUTOの主題歌なんだそうですが、わたしはNARUTOを全く知らないため、曲単体で好きです。

NARUTO原作を知っていれば、また聞こえ方が変わってくる歌だとは思いますが……

今回は、NARUTOを一切知らない人間が、曲を単体で聴いたとき、どんなところに惹かれるのかを語ってみたいと思います。

すずか
すずか

わたし、原作を知らないのに曲だけポンと好きになるケース、結構あるんですよね。

ミーシャ
ミーシャ

今回は、具体的にどんなところが良かったんだろう?

がむしゃらに走る姿、後ろに残してきたもの

MVで、若い男の子がとにかくがむしゃらに走る姿が描かれています。

技巧も後先も何も考えず、とにかくがむしゃらに、前へ。

若いときだからこそできる芸当ですよね。

ミーシャ
ミーシャ

……それだけなら、よくある気がする。

表現としても、現実としても。

すずか
すずか

確かにそうですね。

でも、それ以外にとてもいいなあと思ったのは……

がむしゃらに走り続けている間に、主人公はおそらく、数え切れない人たちにお世話になっているじゃないですか。

その全てを覚えているわけではないけれど。

その、覚えていない範囲を敢えて意識して、きちんと認識して、感謝している感じがとても好きなんですよね。

その『覚えていないけれど確かにお世話になった人たち』のことを、どうもこの曲では『シルエット』と呼んでいるようなんですよ。

主人公の、全てを糧にする貪欲さと、全てに感謝する謙虚さとが同居している、素晴らしい表現だと思います。

『覚えていないけれどお世話になった人』の範囲

これも面白いところで、結構いろんな解釈ができるんですよね。

先程申し上げた通り、本人の記憶にはないけれど、確かにお世話になった人たちの総称と受け取ることもできますし……

主人公が生まれるまで、代々命を繋いできたご先祖様たち、という見方をすることもできると思います。

ミーシャ
ミーシャ

ああ、なるほど。

すずか
すずか

考えてみると、たった一人がこの世に生れ落ちるまでに、途方もない過程があるんですよね。

両親のそのまた両親、そのまた両親と時を遡っていくと、本当にキリがありません。

このように、曲の中で語られる『シルエット』の対象に想像の余地が非常に多く残されている、奥行きのある歌だと思うんです。

曲調や、歌詞の雰囲気としては、若い子が主人公っぽい気がする割に、内容を読み解くと、とても視野が広いのが面白いところなんですよ。

元のアニメを知らなくても、曲は楽しめる!

もちろん、もともとはNARUTOの主題歌ですから、歌詞にもNARUTO本編を意識しているところがたくさんあるかもしれません。

わたしにはそちらが分からないので、曲本来の意味とは、解釈がズレている可能性もあるのですが……

元のアニメを一切知らない状態でも、ここまで考察できてしまう曲というのは、やっぱりいいなあと思った次第です。

ミーシャ
ミーシャ

何にしても、解釈の奥行きのある曲はいいよね。

すずか
すずか

まだ聴いたことがないということでしたら、皆さんも是非聴いてみてください。おすすめです!

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