“女装”でもここまで違う。海月姫と女子的生活を見て思ったこと

「海月姫」と、「女子的生活」。
共に原作がドラマ化した作品で、尚且つ、女性の格好をした男性が出てくるという共通点があります。

話の内容も、方向性も全然違うけどね。
今回は、この2作を実写ドラマ化した作品について、「女装」の解釈の違いと、それを演じ切った役者さんたちがすごいなと思った話をしたいと思います。
海月姫の鯉淵蔵之介
まずは海月姫の話をしましょう。
この作品に出てくる蔵之介というキャラクターが、いわゆる女装男子です。

蔵之介は……
実は心が女性だから、そういう格好をしている人なの?

ううん。
蔵之介は、心も身体も男性そのもの。

え?
じゃあ、どうして女装してるの?

うーん、細かく説明すると長いんだけど……
かなりお堅い家である実家とのちょっとした確執や反発であったり、自分が女の子であれば、そういったいざこざに巻き込まれずに済んだんだろうか、という心理だったり、そういうところからのようですね。
この辺、詳しくは原作を確認していただければと思うんですが、重要なのは、蔵之介が女の子になりたくて女装しているわけではないということ。
そのため、ドラマ版で蔵之介を演じた瀬戸康史さんは、蔵之介が女装していても、歩き方は仕草は男性のまま演じておられます。

まあ、中身が男性なら妥当だよね。
女子的生活の小川幹生(みき)
一方、女子的生活のみき。
こちらはトランスジェンダーの役柄であり、本人の性自認も明確に女性であるため、女性の格好をしています。

みきはなかなか複雑なんです。
ただ性自認が女性というわけではない。
身体=男性
性自認=女性
恋愛対象=女性
こういう状態です。

なるほど……
こちらは原作でもこの設定ですし、実写ドラマ化されたバージョンを演じられた、みき役の志尊淳さんも、この設定のまま演じておられます。

やっぱり、蔵之介とは演じ方も違うんだ?

蔵之介は明確に男性。
でも、みきは女性だから、歩き方、声の出し方、ものの取り方、そういう細かい仕草のひとつひとつまで、こだわって演じておられましたね。
これはもはや……
志尊淳さんの観察力と職人芸が光っている、としか言いようがないですよね。
なんというか、あまりにもハマっていて驚きましたもの。
優劣なんてない。どちらも素晴らしい
どちらにも言えることですが、もちろん原作がとても素晴らしい作品です。
実写ドラマも同じように素晴らしいなと思ったのは、ドラマ制作陣の皆さんや、演じた役者の皆さんの解釈の美味さも、起因していたのだと思います。

わたし、ドラマってあまり観ないので、当ブログでもカテゴリすら作っていないくらいなんですが……
それでも、瀬戸康史さんと志尊淳さんについては、この役柄をきっかけに注目する形になりました。

皆さんは、実写ドラマ版で好きな作品はあるかな?

