アニメ版獣の奏者エリン、序盤の描写を増やしたのがすごいと思った話

獣の奏者エリン、いいですよね。
原作を読んでから、NHK版のアニメも視聴しました。

今回は、この獣の奏者エリン、原作を読んでからアニメを観た身として、原作よりかさ増しされた序盤の描写がいいなと思った話をしてみたいと思います。

アニメの出来がよくて震えました。
『獣の奏者』原作の話
主人公のエリンは、冒頭、割と早い段階で、お母さんを亡くしてしまいます。

いきなり辛い話が来るな……

それをきっかけに、運命の歯車が回り始める、という感じだからね。
そう、その件は、エリンにとってみれば、もちろんとても苦しいことです。
ただ、お母さんのエピソードそのものは、物語全体の枠組みという意味で考えると、ほんの序章に過ぎません。
なので、原作を読んでからアニメを視聴した段階では、そのエピソードは本当に序盤の序盤で来るものだと思っていました。
実際の『獣の奏者エリン』アニメ版の話
ところが、実際に観てみたアニメ版は、意外や意外。
アケ村で過ごすエリンの幼少期エピソードに、かなりしっかり尺が取られていました。
ヌックとモック、ワダンなど、原作にはいないオリジナルキャラクターもいますし、原作にもいるけど、より掘り下げられているキャラクターもいる(序盤に限らず)、という感じでした。

エリンの幸せそうな描写が増えれば増えるほど、もしかしてこのお母さんは、このままこの村で、エリンと幸せな日常を送っていくのではないかと思えたほどです。

それは確かに幸せだ。
そうあって欲しい、とも思うよね。
もちろん、エリン自身の性格や、ものの考え方、価値観というものも、序盤でよく分かるようなつくりになっています。
彼女の瞳には、常に命が映るんですよね。
しかし、運命の時は訪れる
とはいえ、アケ村での日々がどんなに長くとも、愛おしくとも、やはり原作通り、運命の時は訪れます。
エリンのお母さんであるソヨンは、優れた医術の腕を買われて、最強の闘蛇である「牙」の飼育を任されていたのですが、ある日、その闘蛇がすべて死んでしまいます。
お母さんは、その責任を問われて、処刑されることになってしまうんですよね。

このくだりそのものは、原作と全く同じなんだ。

そう。
ただ、物語の最序盤でこれが描かれていた原作に対して、アニメ版の場合は、このエピソードが描かれるのは第7話となっております。
アニメ版では、その前に6話ぶんも尺を取って、アケ村での何気ない暮らしや、ちょっとしたハプニングを描いています。
つまり、原作に比べて、エリンの見てきた世界に、視聴者も愛着を抱いた状態で、お母さんのエピソードを観ることになるわけです。

……切ない。

泣けますよ。
エリンの「お母さん!」って叫び声、あの半狂乱の声が、頭に焼き付いて離れません。
最初は、この6話ぶんがかなり長く感じられたのですが、7話に入ったときに、
ああ、あの6話ぶんは、このためにあったんだ
と感じられるわけなんですよね。
これはうまい作りだと思いました。
獣の奏者、原作もアニメもおすすめです
獣の奏者は、是非、原作もアニメも楽しんでいただきたい作品です。
原作にしかない描写と、アニメにしかない描写を見比べるのも楽しいですからね。

未読、未視聴の方は、是非触れてみては?
