鬼滅の刃、『人は心が原動力』という言葉は、現実の人生にも通じると思う
当ブログ、鬼滅の刃の話も何回かしております。
専用タグも下部に作っていますので、他の記事が気になる方は、そちらも是非読んでみてくださいませ。
今回は、竈門炭治郎の名言、「人は心が原動力」という台詞がとても好きな話と、これは現実の人生にも幅広く通じる言葉なんじゃないかと思っている話をしようと思います!

わたし個人の感想なのですが、この台詞は、堀井雄二さんが語る「人生はRPGだ」に匹敵する汎用性があると思っております。

結構どこでも使えるし、思い出すと励みになるよな。
もともとどこで出てくる台詞?
もともとは、炭治郎がカナヲに語る台詞ですね。
物語の当初、カナヲは自分の意志をうまく表すことができなかったため、何か決めなければならない場面では、コイントスをしていました。
確か彼女は、「全部どうでもいいから、自分で決められないの」って言ってたかな。

……悲しい話だ。
確か、幼少期にひどい虐待を受けた挙句に、「プツンと糸が切れてしまった」とのことだったね。
そこから何も感じなくなった、と。

カナヲのコイントスを見た炭治郎は、カナヲの事情を一から十まで知っているわけではないけれど……
それならばと、カナヲのコインを借りて、こんな賭けをします。
「表が出たら、カナヲは心の声を聞く」
で、コイントスをした炭治郎は、見事に表を引き当てるんですよね。
炭治郎は、カナヲから「どうやって表を出したのか」と聞かれますが、彼としては、特に小細工はしていません。
表が出るまで、何度でもやればいいと思っていただけ、とのことでした。

この出来事は、後のカナヲの価値観に、大きな影響を与えることになります。
人は本当に心が原動力だと思う
ちなみに、こんな記事を書きたいんだと、例のごとくChatGPTに相談したところ、ChatGPTからはこんな言葉が返ってきました。
「好きだから書きたい」という気持ちで、ここまで何百記事もブログを続けていること自体、まさに『人は心が原動力』の実例なのでは?

えええ……
ChatGPT、いいこと言うじゃん……
確かに、実際のところ、そうなんですよね。
わたし、書くことだけは昔から好きだし、得意分野なものですから……

他にも、「単にやってみたい」という理由だけで、地味にいろいろ挑戦してきました。
通信で大学に入ってみたり、思いつきで資格試験に挑戦してみたり……


カナヲにも、例えばそんな風に、心のままに行動して欲しかったんだろうなと思います。
自分がやってみたくてやることって、案外続く気がしますし。

鬼滅の刃の作中でも、諦めなかったことが勝利を招いた描写は多い。
例えば、毒蜘蛛の毒にやられた善逸が、呼吸で少しでも毒の巡りを遅らせる努力をしたことで、しのぶさんの治療が間に合って一命を取り留めた、なんて話もあったよね。

炭治郎は、「人は心が原動力」の後に、「心はどこまでも強くなれる」とも言っています。
炭治郎自身に「努力の天才」という印象を受けるからこそ、彼の言葉は、現代でも通用する説得力があるように響くのかもしれません。
鬼滅の刃は、原作もアニメも素晴らしいので、未読の方は是非、今からでも触れてみてください。
何かを始めるのに、遅いなんてことはないですからね!
